プリマドール・アンコール
06-10 雪華文様(10)


 鴉羽は踵を返すと、農耕用機械人形の元へと戻った。

ローサ「ま、待って……」

 手を貸すと、小さな体を引っ張り上げる。
 一刻も早くここから逃げなければ。

ローサ「……だめ」
ローサ「エンジン止まってる」

 確かに、煙突からの廃棄が止まっている。
 まさかこんなときに論理機関が故障するなんて……


 不気味な羽音が、徐々に近づいてきているのが分かる。
 鴉羽たちを補足したのだ。もしあれが“見られてはいけないもの”だとするならば……。


 従軍中ならば、あんな偵察人形ごときに遅れを取ることはなかった。
 しかし、いまは自律人形オートマタである鴉羽には武器と呼べる存在がない。
 強いて言うならばこの農耕用機械人形だが、そもそも鴉羽は指揮能力を失ってしまっている……。
 でも、やらなければいけない。

ローサ「でも……」

 そっと躯体に手を触れさせる。
 目をつぶって、視覚情報を遮断する。そして、意識を集中させる。
 論理機関同士を共鳴させる。人形同士の意識を一体化させるのだ。



 ちりっと胸が灼けるような感覚があった。

ローサ「すごい汗だよ!」

 義体温度が上昇している。とめどなく冷却液が噴出するのが分かる。


 かすかに共鳴が返ってくるのが分かる。
 音を捕まえて、そして増幅させる。あたしの意識を送り込む……。


 ぼしゅ、と詰まったような音とともに、黒煙が吹き出す。


 体の下で、唸るような駆動音が響いている。
 全身が冷却液でべったりだった。
 それでも、指揮できた。確かに論理機関に信号を送れたのだ。

ローサ「お姉ちゃん、来てる……!」

 羽をこすり合わせる音は、すぐ背後まで迫っていた。
 雪煙を噴き上げると、最大速度で加速する。操作できる――。

ローサ「きゃああああ!!!」

 風を切って、躯体を走らせる。
 気づけば、そこは凍りついた湖の上だった。
 愚鈍な印象だが、すべてを速度に割り当てれば下手な自動車ぐらいの速度は出る。

ローサ「だめ、追いかけてきてる……!」

 ローサは必死に鴉羽にしがみついている。
 ちらりと背後を伺うと、まるで虫を思わせる義体がぴったりと後を追ってきていた。
 きらりと銃口が光っているのが分かる。

ローサ「わあああっ!?」

 逃げ切れないと判断して、躯体を180度旋回させる。
 いちかばちかだが、やってみるしかない。

ローサ「突っ込んでくるよ!?」

 瞳が真っ赤に発光するのが分かる。機械人形メカニカに指令を出すと、前足を浮かせるようにして大きく広げた。


 強い衝撃。避けきれなかった機械人形メカニカ同士が正面衝突する。


 そのまま、機械人形メカニカの全体重を載せて、氷面に前脚を突き立てた。
 ぴし、とひび割れる音が、冷たい空に響いた。
 みるみるうちに湖に亀裂が広がっていく。

ローサ「え、え?」

 その手を取って機械人形メカニカの上から降りる。
 氷面に降り立つと、無我夢中でその場から駆け出した。
 一度崩れ始めると、崩落はあっという間だった。
 湖岸へと必死に逃げていく鴉羽とローサ。
 その背後で、大きな水しぶきが上がる。
 二体の機械人形メカニカは、あっけなく氷とともに湖の底へと沈んでいった。



執筆:丘野塔也 挿絵:まろやか CV:楠木ともり(鴉羽)