黄金色の液体がなみなみと入ったカップを傾ける。
ローサ「おいしい?」
最初
機械人形用の燃料をと考えたようだが、あまり品質が良くないということで、代わりに料理用のひまわり油を注いでくれた。椅子で休みながらゆっくり補給すると、やがて背嚢の排気も安定してきた。
ローサ「どうして謝るの?」
ローサ「……わたし、迷惑だなんて思ってない」
ローサ「お姉ちゃんとは仲良しだから」
ローサ「違う?」
ローサ「だから、困ったことがあればなんでも言って。わたしたちは……友達でしょう?」
その言葉の意味を、鴉羽は知っていた。
それでも、実感として捉えたことはなく、なんとも不思議な気持ちだった。
ローサ「違う……?」
ローサ「うんっ」
ローサ「任せて」
にっこりと笑う。
初めて出会った時とは想像もつかない、柔らかな笑顔だった。
ローサ「この島には、いない」
ローサ「ずっとお爺ちゃんと一緒だし。島には同い年の子供もあまりいないし。いても、遊んでくれないから……」
以前、郵便夫から聞いた話を思い出す。ヘレナ島の人は余所者を信用しない……それは鴉羽が人形だからという理由だけではないようだ。
ローサ「だれも、わたしの言うことを信用してくれないし……」
ローサ「でも、誰も信じてくれないの」
ローサ「……本当に?」
ローサ「………」
視線を落として、彼女はすこし黙った。
なにやらじっと考え込んで、やがて意を決したように顔を上げた。
ローサ「……山奥に、皇国の飛行機が不時着したの」
ローサ「そこには、小さな人形が乗ってた」
ローサ「わたしびっくりして、助けてあげたくて……島の子供にも伝えたんだけど……嘘つきって……」
昨日、マスターと奥宮少佐の会話を思い出す。
ごくごくとひまわり油を飲んで、立ち上がっていた。
* * *
農耕用機械人形に乗って、注意深く雪道を進んでいく。
ローサ「ちょうど冬になる前。はじめての雪が降った日。お爺ちゃんと一緒だったんだけど、
機械人形の燃料が無くなっちゃって、夜になっても帰れなくて……だから番屋に一泊したの。飛行機を見たのは深夜のこと。お爺ちゃんにも言ったんだけど、誰にも話すなって……」
その上で揺られながら、鴉羽は地図を開いていた。
ヘレナ諸島の北部は丘陵地帯が続いており、無数の湖沼が顔を見せている。徐々に起伏は激しくなり、やがて高さ500m程の山に続いていく。ローサの話では、飛行機が不時着したのは山の麓の辺りだという。
ローサ「地元の人は、冬になるとこの近くには寄りつかないの」
夏の間は青々とした緑が広がっているのだろうが、いまはすべてが雪の下だ。
ローサ「ずっといくと大きな湖に行き当たる。その対岸よ」
ローサ「いまは凍ってるから大丈夫」
ローサ「森が深いから、たぶん無理」
逆に言えば、そういう場所だからこそ、人目にさらされずに済んだのだろう。
雪をかき分けていくと、やがて視界が開ける。
氷結湖だ。
恐る恐る氷の上に乗ってみると、
機械人形の重さにも耐えられるようだった。とはいえ、氷の厚さにはむらがあるはずだ。万が一を考えて、いつでも逃げられるよう湖岸をぐるりと一周していく。
ローサ「ずいぶん遠回り」
やがて湖を半周して、目的の場所へやってくる。
まず視界に入ったのは、裂けるように折れた木々だった。重い質量が、この場所に突っ込んだのだ。
ローサ「……こっち」
木々を追って進んでいく。
やがてすっぽりと、不自然に雪をかぶった一角に差し掛かった。
機械人形から降りて、注意深く近づく。そっと雪を落とすと、下から飛行機のキャノピーが現れていた。
ローサ「わたしが見つけたときは、誰もいなかった」
もしスパイが乗っていたのだとしたら、一刻も早く逃亡しようとするだろう。
それらしき形跡は見当たらない。そもそもこんな小さな飛行機で人形を運べるのだろうか?
ローサ「この飛行機、操縦席がふたつあるの」
翼の上に足をかけて乗り上げる。キャノピーの後ろに手を伸ばして、再び雪を払った。
風防ガラス越しに、眠っている表情が目に入る。
それは少女人形だ。なだらかな頬のライン。桜色の髪の毛。白い着物……。
その姿はどこかで見たことがある。大戦果を伝える新聞記事。勇ましげに軍歌を流す皇都ニュース。華やかな軍事パレード。常にその中心にいた人形。皇軍の決戦兵器。輝かしき勝利をもたらす存在……。
ローサ「鴉羽さん」
背後でどこか不安げな声色がして、はっと鴉羽は我に返った。
ローサ「この音、なに……?」
不吉な羽音がする。
鴉羽はその音に聞き覚えがあった。
慌てて空に視線を巡らせる。山の中腹。どこか虚ろな姿がそこに浮かんでいる。
薄い灰色に塗装された、鋼鉄の擬態。背中に二枚羽状の飛行ユニット。顔にはなんの表情もなく、じっとこちらを見つめている。
ローサ「え……?」