プリマドール・アンコール
06-12 雪華文様(12)-終-
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雪羽「すこしは見られる格好になったな」

 港の側の倉庫。そこが野戦基地代わりだった。
 雪羽はあたしの格好を一瞥して、小さく鼻を鳴らした。


 濃紺の軍服に身を包み、マントをたなびかせていた。雪羽の予備を借りたのだ。すこし胸周りがきついが仕方がない。久しぶりに袖を通して、身も心も引き締まる思いだった。

雪羽「機械人形メカニカは扱えるんだろうな」
雪羽「戦闘命令は受領したか」

 苦渋の決断といった様子で、ナギさんはあたしのマスター登録を解除した。
 もはや修理中でなく、皇軍の自律人形オートマタとして戦線復帰した形になる。

雪羽「約半数が輸送船へ入ったところだ。鴉羽、貴様の任務は住民の避難警護だ。機械人形メカニカを3機与える。一緒に船に乗れ」
雪羽「知れたことだ、この島に残りローベリア軍を撃退する」
雪羽「貴様、私では役不足だと言いたいのか? この程度のローベリア軍など……!」
雪羽「……少佐は忙しい。戻り次第、正式に命令を受領しろ」

 倉庫を出て、港のほうへと足を向ける。
 そこには600屯ほどの輸送船が停泊していた。奥宮少佐たちが乗ってきた船だろう。いまは避難する島民達が長い列を作って、次々とその中へ詰め込まれている。軍人が、厳しい口調で荷物を諦めさせていた。
 その行列から僅かに離れた場所。ぽつんと海を見つめている姿を見つけた。

ローサ「あ……」

 あたしを見て、一瞬顔をほころばせる。
 しかしその軍服を見て、さっと顔色を変えていた。

ローサ「その格好……」
ローサ「………」

 その表情は硬い。混乱と失望の色を覗かせながら、視線を落としていた。


 それでも、誤魔化すわけにはいかない。
 彼女の前にかがみ込む。出来るだけ柔らかな笑みを浮かべて、鴉羽は説明した。

ローサ「……わたしは……」

 ぎゅっと、その小さな唇を噛みしめた。

ローサ「皇国の戦闘人形は……嫌いよ」

 それは、予想された答えだった。
 鴉羽は微笑んでその言葉を受け止めた。


 ポーチからローズヒップのジャムの小瓶を取り出す。

ローサ「……いい」

 しかし、ローサは受け取らなかった。

ローサ「もう……友達じゃ、ないから」

 微笑みを張り付かせたまま、あたしは立ち上がった。

ローサ「分かってる」

 踵を返して、そっとその場を立ち去った。
 ブーツを鳴らして、規則正しい歩幅で、行列の隣を通り過ぎていく。
 ふと、海を見る。
 朝焼けが真っ赤に、水平線を染め上げていた。



 ぽろりと、目尻から冷却液がこぼれるのが分かる。
 感情的になってはいけない。
 戦闘人形に、感傷など不要なのだから。


 島民に見られぬよう、そっと顔を背けると、必死に堪えようとした。


 それでも、ぽろぽろとわき上がってくる思い。
 嗚咽を堪えながら、あたしはさめざめと泣いた。

*       *       *

 軍船の煙突から、黒煙が上がるのが分かる。
 エンジンに火を入れたようだ。出港まであと僅かだ。

雪羽「鴉羽、乗船の時間だ」
雪羽「呂13号から15号を使え」

 倉庫の中には、ずらりと無骨な機械人形メカニカが並んでいる。
 その数はざっと15機ほど。そっと前に立つと、目を閉じて意識を集中した。

雪羽「鴉羽?」
雪羽「なにをしている。なぜ1号から起動させる? いや……」

 そこにある機械人形メカニカ、その全ての瞳が赤く発光する。

雪羽「貴様はなにをしているんだ! 機械人形メカニカひとつまともに扱えないのか!?」
雪羽「なに……?」
雪羽「なにを言っている? ふざけた真似をするな!」
雪羽「………っ!?」

 雪羽の目が真っ赤に発光する。
 しかし彼女は指揮権を奪い返せないでいる。

雪羽「なっ!?」
雪羽「だからどうした!」
雪羽「それは命令とは違う!」
雪羽「人形が、なにを勝手な……」

 そう、勝手なことだ。
 あたしはずっと命令を待ちわびていた。自分の生きる理由を与えて欲しかった。
 だから、ナギさん……マスターの言葉は理解できなかった。

雪羽「皇国の偉大なる勝利のためだ!」

 そっとポーチを上から撫でる。小瓶の感触。一緒に暖炉の前で食事をして、笑い合って、友達だと言ってくれて……。

雪羽「なにを言っているのか分かっているのか!?」
雪羽「やめろ、鴉羽……やめろ!」

 機械人形メカニカに指示を出すと、じりじりと雪羽に詰め寄っていく。


*       *       *


 ゆっくりと船が出港していく。
 出船前はすこし軍人といざこざがあったが、そもそも一刻を争う状況だ。
 鴉羽と機械人形メカニカ。あとは少数の守備隊が島に残り、そして最後の別れとなった。


 あたしの背嚢からは、微かに黒い煙が漏れ出している。
 機械人形メカニカを指揮していると、胸にちりちりとした灼き付く感覚がある。マスターの言ったとおりだ。あたしは直ってなんかない。一時的に指揮機能が戻ったけれど、結局は論理機関が不可に耐えきれないだろう。でも、たった一日頑張ればいいのだ。やってみせる。


 船に背を向けようとした時だった。

ナギ「鴉羽ーーーーーーーーー!!!!!!」

 海の向こうから、声が響いた。
 満員の甲板。マスターが身を乗り出して声を上げている。

ローサ「鴉羽さーーーーーーーーん!!!!」

 同じく、小さな少女の姿も。
 普段あんなに大人しい子が、身を震わしてあらん限りの声で叫んでいる。

ナギ「ボクはキミを直す! どんな形になっても、もう一度直して見せる!!!! だから………待っていてくれ……!!!」

 半ばかすれた声。
 聴覚機能を最大に増幅して、やっと聞き取れる声。

ローサ「ごめんなさい、鴉羽さん……!」
ローサ「わたし、ひどいこと言った……! でも、本当は違うの……!」
ローサ「一緒にいられて楽しかった……! ずっとずっと、友達でいたかった……!」
ローサ「だから、死なないで………!」

 軍船がひときわ大きな黒煙を吐き出す。
 その音に、二人の声はかき消えてしまっていた。
 それでも、鴉羽には十分だった。


 この戦いに生き残っても、無傷ではいられないだろう。
 もし、論理機関が無事だったら、修復できるなら……。


 それは、願いのような言葉だった。
 爆音が響く。
 雪上に、まるで華のように炎が咲いていた。
 ローベリア軍の砲撃が始まったのだ。
 もう、泣いてはいられなかった。


 さっと右手を挙げると、機械人形メカニカが一糸乱れぬ動きを見せる。


 爆炎たなびく戦場へと、鴉羽は駆けだした。
 その先に一握の光があることを、ただ信じて。


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執筆:丘野塔也 挿絵:まろやか CV:楠木ともり(鴉羽)